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第6話 遭遇

Author: るるね
last update publish date: 2026-02-08 20:56:14

 「じゃあ……藤野、今日は今後の大まかな方針だけ伝えておくね。何かあったら随時連絡する。たぶんこれからもっと忙しくなるし、ちょっとした勝負になるかもしれない」

 「本当にありがとうございます、先輩」

 「礼なんていらないよ。勝ったらその分、しっかり報酬もらうからさ」

 状況は決して明るくはなかった。

 だからなのか、立花はわざと余裕のある様子を見せて、陽菜を安心させようとしていたのかもしれない。

 その気遣いに、陽菜の心も少しだけ落ち着いた。

 けれど、まだこれは始まりに過ぎないことも、陽菜はちゃんと分かっていた。

 一時間の予約時間はあっという間に過ぎ、次の予定がある立花は、エレベーターの前まで陽菜を見送ると、そこで別れを告げた。

 ビルの一階に降りたあと、陽菜は母に電話をかけた。

 何度も呼び出し音が鳴り、もう繋がらないかと思ったところで、ようやく出た。

 「……陽菜?どうしたの」

 その声は以前のような明るさがなく、どこか弱々しい響きを帯びていた。

 その瞬間、陽菜の胸にチクリと鋭い痛みが走る。

 握っていたスマホを、思わずぎゅっと握りしめた。

 「今、弁護士さんのところに行ってきたの」

 「そっか……先生は何て?」

 陽菜は立花から聞いた説明を簡潔にまとめて母に伝えた。けれど、母の反応は薄く、話をちゃんと聞いていたのかも分からなかった。

 「……そうなの……」

 と、ただそれだけを返したあと、電話の向こうに沈黙が落ちる。

 息苦しいような短い沈黙。

 陽菜は母を励ますような言葉が見つからず、携帯を耳に当てたまま、ゆっくりと駅とは反対方向へ歩き出した。

 「そうだ、お父さんの調子はどう?」

 父の様子を尋ねると、母の声はさらに力を失ったようだった。

 「相変わらずよ。まだ入院してるし、医者が“もう家で療養していい”って言ったら、また“心臓が痛い”って騒いで……ほんと、疲れるわ」

 「お母さんも、最近ずっとしんどいの?」

 「寝れない日が続いてるし、睡眠薬飲んでも起きた後はぼーっとしてばかり……」

 母の声は途切れがちになりながら、入院中の父のことや、最近の日々のつらさをぽつりぽつりと吐き出した。

 父の会社は小さな規模ながら、家族を養っていくには十分な収入があった。

 母は裕福ではないにせよ、不自由のない暮らしをしてきた人で、結婚後は外で働くこともなく、父と子どもを中心に生きてきた。

 彼女にとってはそれが当たり前で、穏やかな生活だった。

 それなのに、この年齢になって、こんな現実を突きつけられるなんて。

 陽菜はどうにか母を励まそうと精一杯言葉を探したが、母の方もそれを吐き出す場が欲しかったのか、しばらく話した後ようやく思い出したように尋ねてきた。

 「ねぇ陽菜。今日は仕事じゃないの?」

 「えっ、ああね……今は休憩中だから」

 「そう、じゃあ邪魔しないわね」

 その言葉を最後に、電話はあっけなく切れた。

 陽菜が「またね」と言う間もなく、通話は終了し、スマホの画面には“通話終了”の表示だけが残っていた。

 ふうっと長く息を吐き、スマホをポケットにしまう。

 まるで、大きな山をひとつ越えたような気分だった。

 ふと顔を上げると、通話中に思ったより歩いてしまっていたようで、見知らぬ通りまで来ていた。

 目の前には、チェーンのカフェが一軒。

 陽菜はその前でしばらくぼんやりと立ち尽くしていたが、我に返ったようにスマホを取り出し、ナビアプリで現在地を確認しようとした。

 「陽菜さん?」

 思いがけず背後から自分の名前を呼ぶ声がした。

 驚いて振り返ると、そこには鷹宮がテイクアウト用のコーヒーを片手に立っていた。

 彼の後ろには、もう一人の男性。同じサイズのコーヒーを持って、こちらを見ていた。

 「鷹宮さんっ?!」

 予想外の遭遇に、陽菜は思わず一歩後ずさる。

 鷹宮に視線を向け、それから、彼の後ろにいる男性へと目を移す。

 「……!」

 「おや?」

 視線に気づいたその男は、軽く眉を跳ね上げて、相変わらずの軽薄な口調で言った。

 「随分と久しぶりじゃん、藤野さんーーだっけ?」

 昔とまったく変わらない、馴れ馴れしい調子だった。

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